アイビーリーグ全大学に合格した高校生

今日読んですっごーーーい!と思ったニュース。

ニューヨークに住む公立高校の生徒がアイビーリーグ全8校に合格したって!

それも奨学金付きで。

(アメリカでいう奨学金は日本のものとは違い、返済不要)

それぞれのアイビーリーグへの合格率は約14から15%。

全部合格する確率ってどの位なんだろう(統計苦手な私)。



彼の名前はハロルド・エケー。

子供たちにより良い教育を受けさせたいという両親と共に

8年前、8歳の時にナイジェリアから移住。

移民として苦労もあった両親の背中を見ながら勉学に励んだ。

その結果、SATでは2270点(2400点満点)で

GPA100.51(これは100点スケールでかも?)。

インテル・サイエンス・タレント・サーチではセミファイナりスト。

学校でも大学進学のメンター(指導・助言)プログラムを作ったり

他にも色々Model UN等でも活躍している。



彼はこのアイビーリーグの大学の他も受けていて

全部で13校合格。

ちなみに、それらの大学は

アイビーリーグ

Yale University

Brown University

Columbia University

Cornell University

Dartmouth College

Harvard University

University of Pennsylvania

その他

Johns Hopkins University

Massachusetts Institute of Technology (MIT)

New York University

Stony Brook University

Vanderbilt University.

すごすぎる。。。。



ナイジェリアにいる彼の祖母がアルツハイマーにかかっていて

その治療法を見つけるために脳神経外科医になりたいとのこと。

こんな彼の素晴らしいところは、全然傲慢でないところ。

全アイビーリーグに合格したときも高校の科学の先生に

「ありがとうございました。全部合格しました」と報告したそうな。

確かにインタビュー(↓)を見ても、Humble(謙虚)だし

18歳にして人間できてる!って感じ。

君ならアルツハイマーを完治する方法を見つけることに

きっと貢献することだろうね!








参考:

http://www.huffingtonpost.com/2015/04/06/teenager-8-ivies_n_7013208.html

https://gma.yahoo.com/long-island-high-schooler-accepted-8-ivy-league-002836325--abc-news-topstories.html

http://nypost.com/2015/04/05/meet-the-student-accepted-into-all-eight-ivy-league-schools/





読んでくださってありがとう。ぽちっとよろしく。
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アメリカの大学受験(?)事情

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アメリカの大学へ入るのは易しいが出るのは難しい、と前に書いた。

アメリカで学生生活を過ごした方や、子供を大学へ送った方はご存知だろうが、

希望すればどこの大学へ簡単に入れる訳ではない。

アメリカでもレベルの高い大学へTraditional Student (高校卒業後すぐの生徒)が入るのは

はっきり言って難しい

日本の大学受験は入学試験に重きが置かれていて、記念受験で受かってしまったりすることがあるが、

アメリカでは、生徒の全体的資質も評価される。


もちろん、学力は重要。SATACTといった学力を評価する標準テストで高得点を

高校在学中に取ることも大事である。

これらのテストは毎月実施されていて、繰り返し受けてもかまわない。

その中から最も高得点を大学へ提出することができる。


その他に大学が重視するのは、高校時代4年間の平均成績値(GPA)。

これは、もちろん4.0(オールA)か、限りなくそれに近い値が望ましい。

なので、Freshman(高校一年生)の時から続けていい成績をとることが必要。

私の同僚の甥はYale大学に入学を希望していたが、あるクラスでBを取りそうになり、

学校に談判して、そのクラスを聴講という形にしてもらったそうだ。

GPAの計算にそのBが含まれると4.0ではなくなってしまうから。

ちなみに、そのクラスは次の学期に取り直し、Aを取ったそうだ。す、すざまじい


その他にも、スポーツで結果を出したかどうか、ボランティアなどをして社会貢献をしたか、

生徒会などの活動をしたか、なども考慮される。


スポーツで優れている場合は、有名大学から奨学金を提示されることも多々ある。

もっとも、学力もある程度ないといけないけど。

大学に入ったあとも、ある程度のGPAをキープすることが期待される。

また、怪我や病気などをしてスポーツができなくなってしまった際は、奨学金の停止もありえる。


あとは、推薦書。これも大事。

これは、ちょっと例外だが、もしミリタリーの士官養成大学に入学希望の場合は、

Senator(下院議員)などの推薦書が必要になる。これは、個人的に知り合いでなくても、

成績証明書やエッセイなどを在住する州の議員に送り、嘆願することも可能。

実際、私の知り合いの息子はイリノイ州の議員に手紙を書き、推薦書を得ることができ、

希望どおり海軍士官養成大学へ入学した。


これは、私の娘が大学に入る際にあたっていろいろ学習したこと。

まあ、彼女は勉強に全く興味のないヒトだった(大学生の今も)ので、

得た情報が活かされることはあんまりありませんでした。ちゃんちゃん。

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大学の専攻とオトナ

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“大きくなったら何になろう”といいオトナになっても常に考えていた私は、

大学の専攻を考えるのは実は楽しかった。

結局は、多分仕事に就きやすいだろうという考えからビジネス/アカウンティング

(会計学)を取った。その結果、卒業する前に就職先が決まり、

すぐにパートで働き始め、卒業後正社員として働くようになったので、

シングルマザーには良い選択だったのだろう。

でも!

今でも、時々考える。

あの時、もっと選択はあったはず。建築を専攻したら、それとも看護学の勉強をしていたら。

それとも、それとも…!


さかのぼること20ウン年、高校生だった私は音大に行くつもりで

音大の先生に師事していたのだが、3年生の夏に色々考えた挙句やめ、

受験勉強を始めた。一日何時間もピアノを弾いていた指が、鉛筆を握るようになった。

当時は短大が人気だったので、港区のミーハー(死語?)短大へ進学。

学科は国語が得意だったという理由で国文科。

はい、筋が一本も通ってないのが私なのです。

言い換えれば、何がしたいのか自分でもわからなかった、ということ。


なので、オトナになってからアメリカの大学に通うということは、

敗者復活戦というか、夢を再びみるチャンスでもあり、

私は一体何がしたいのかと自分に問う機会でもあった。


話はちょっと飛ぶが、私が以前かかっていた歯医者で働いていた

歯科衛生士さんの息子さんは、気象学を学び、とあるテレビ局で天気予報を報じている。

彼は、小学校の頃から天気に興味があり、雨量計を誕生日プレゼントにねだったりしていたそうだ。

もちろん、今も仕事Love全然ブレがない。

そんな夢を追って成功した彼とは大違いで、経済的自立が第一の目的だった私は、

超現実的な行動を取り、ビジネス専攻を選ぶことになった。

夢よりご飯。

おかげで、卒業以来会計/ファイナンス関係の仕事をずっとしていて、

とりあえず、食いっぱぐれはない(リストラにはあったけど)。

なんか、オトナってちょっと哀しい、と思う。

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宿題漬け

日本にいる頃から、アメリカの大学は入るのは易しいが出るのは難しいと、聞いていた。
もちろん、アイビーリーグの大学のように入るのも難しいところもあるが、
大低はこれに当てはまるだろう。

私も来る日も来る日もこれを実感した!

バイトを週20時間ほどしていたので、1学期に4クラスしか取っていなかったが、
毎日宿題の山に埋もれていた。娘を8時に寝かせたあと、机に向かう毎日。
課目によっては、辞書を引き引き、亀ペースでしかやっつけるしかないものも。
頭だって、若い頃のようにはいかん。

“4年の辛抱、4年の辛抱”と呪文のようにつぶやきながら、
深夜までかかって勉強していた。
日本で高校生の頃していた受験勉強を、4年間ぶっ通しでやってたような感じ。

Mid Term(中間試験)やFinal(期末試験)の前にはカフェインの錠剤を日本茶で飲みくだし、
無理やり起きていたこともあったよ…

私は日本人だし、アメリカでアメリカ人に混じって就職先を探す際に有利になるには、
A を取るしかない!と思い込んでいた。まあ、思い込んでいただけで、
オールAだった訳じゃないけどね。はは。
実際、就職した際にどの位それが役立ったのかは疑問だし。

そんな日々だったから、夏休みは毎年待ち遠しかった。

宿題から解放されたこの脱力な毎日。本当にゆるゆると娘と過ごした。
これがなければ続かなったよなあ。アメとムチみたいなもんだ。

でも、これは本当にいい経験になった。私の人生の中でも本当に無我夢中で努力した時期。
離婚して、日本に帰るというチョイスもあったが、アメリカにいた方がシングルマザーにも
チャンスがあると信じ、突っ走った時期。

ちょっと頑張ったじゃーん、と、あの頃の私に言ってあげたい。

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実は私は大学へタダで行きました。

今、私の娘は私が卒業した大学へ通っている。
田舎の州立大学なので私立に比べれば格段に安いが、
それでも一年間で7,000ドル位は払っている。

当時(20年ほど前)は確かその半額位だったと思う。
それでも、シングルマザーで収入のなかった私には捻出できない金額。
卒業してから返済義務が発生する学生向けのローンがあるらしいので、
それを借りるか?

入学願書を出した際に紹介されたのが、Carmenという留学生のサポートをする
アドバイザーだった。私のその当時の状況を親身になって聞いてくれた後、
Financial Aid Officeへと連れて行ってくれた。
Financial Aid Officeは、政府からの助成金や民間の奨学金などによって
金銭的に学生をサポートするオフィス。

私はアメリカに来てまだ1年ちょっとだったので、半信半疑だったが申し込みをして、
審査の結果を待った。そして、タイトルに記した通り、授業料は全額免除となった(なんと!)。
国と州政府の助成金が出ることになったのだ。
何故もらえたかというと、簡単にいうと、

1. ウィスコンシンに1年以上居住している。
2. 低所得の世帯主である。

の条件を満たしていたからだった。

アメリカってすごい!と感動した瞬間だった。
その当時の大統領はクリントンで、思わずThank You Letter を
書こうかと思ったくらいだ。

でも、周りのアメリカ人からは反感を買った。
どうしてアメリカに移住したばかりで、市民権のない日本人がただで大学に通えるのか。
”私なんて自分で学生ローンで学費払って、今もまだ返済してるのよ!”
と、憤慨されたこともある。

全く同感である。
同感であるが、彼らが学費を払ってくれるわけでもないので、
毎年申請し助成金をありがたく受け取り、4年で卒業した。
その4年間は貧乏だったけど、その面では本当に恵まれていたなと思う。感謝!

そして、2000年に卒業以来ずっと働いて税金を払っている。
ちょっとはお返しできてるんじゃないかな。

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