「日本在住の娘の引渡しを要求するアメリカ人男性」のニュース

「連れ去られた娘、引き渡して」 米国人男性、異例の申し立て 

日本人母は死去、祖母が後見人


という記事を読んだ。

日本国内でアメリカ人男性と結婚していた日本人女性が

子供を連れて実家へ帰り、その後離婚が成立、養育権を得る。

しかし、離婚の翌年、女性は自殺、その後、その女性の母(子供の祖母)が

後見人として子供を育てているという。



離婚が成立したのは2006年で

男性は、子供とは2004年と2009年に裁判所を通して会っただけだという。

「男性は米国でも娘の養育権などを求めて提訴したが

「米国に司法権がない」として認められなかった」ということだが

「唯一の親が知らない間に、祖母が娘の後見人となった決定は無効」

として、娘の養育権と身柄の引き渡しを求める審判を求めているという。



このケースは、ハーグ条約の発効以前に日本で離婚が成立しているので

「国境を越えた連れ去り」の対象にならないが

男性は、アメリカでは「生きている親に絶対的な親権がある」と主張。

男性は子供を誘拐された親を支援する非営利団体を設立しており

国を通して圧力をかける、とインタビューに答えている。



何故、この男性は今になって審判を求める動きをしたのだろうか。

元の妻が離婚の翌年に自殺したという事実を

最近まで知らされなかったのだろうか。

それとも、昨年のハーグ条約の発令で

国境を越えた「誘拐」への世間の関心が高まっている今だから

訴えようと思ったのだろうか。



確かにアメリカでは、離婚しても両方が親権を持つことが多いし

片方が親権を取っても、もう片方へ、子供に会う権利は

よっぽどの理由がない限り与えられるので

この男性のフラストレーションの大きさは想像に難くない。

これは、アメリカ生活が長く、こちらで離婚を経験している私も

子供の人生には両親が関わるべきだと思っている。



ただ、この場合、どうしたらハッピーエンドにできるんだろう。

記事には子供の年齢が書いていないので、今何歳か分からないが

小学生高学年以上には違いない。

今まで日本でずっと育って来たのなら、日本語が母国語だろう。

そして、2回しか会ったことのない父親と暮らすために

(そのことを覚えているかわからないけれど)

今まで育ててくれた祖母を置いて、アメリカへ行こうと思えるんだろうか。



この男性の心境もわかるけれど、私だったら

まず、とりあえず、子供との面会をリクエスト

そして関係を築くことに心を砕き

この子供がどうしたら一番幸せになれるかを

祖母と一緒に考えると思う。

一緒に住むかどうかは、親子関係が築かれてから。

実際、2人の間には距離があり、頻繁に会うことは難しいし

他人事だから、きれい事が言えるのかもしれないけれど。



このケース、どんな結末になるか、注目している。




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そういうことを言うから反感を買うんでしょ。

私も去年ブログに書いたけれど

2013年のピープルマガジンの最も美しい女性に選ばれた

グウィネス・パルトロウ。

これに選ばれたとき、何で彼女が、と

結構ブーイングがあがった。

彼女はブルジョワの匂いをぷんぷんさせていて

お高くとまっている、というのが主な理由で

多くの女性に反感を買っている。

例えば、子供たちにはイギリスの上流階級風の発音で

英語をしゃべらせたい、と言ってみたり

“私は私であって、それ以外の何者ではないわ。

年収が$25,000(250万円)しかない人のふり

なんかできないもの”

という発言をしたり。



最近、パートナーとの破局が報道されているが

それについてはここで書くつもりはない。

ここで取り上げたいのは

その破局についてE!News応じたでインタビューでの発言。

彼女は世の中の女性をまたまた憤らせた(笑)

映画女優と母親業の両立について語ったことには


 “オフィスで仕事をしている人とは違うわね。

 オフィスの仕事はルーティン・ワークだから

 家のことは朝やって、仕事から帰ったらできるでしょ?

 映画の撮影をしていると、スタッフに

 これからウィスコンシン(!)へ2週間行ってくれって

 言われたり、1日14時間撮影したり、色々大変なのよ。

 だから、母親でも普通の仕事をしている場合

 もちろんそれぞれチャレンジはあるでしょうけれど

 撮影現場で働くのとは違うものね”

 (原文は最後に載せておきます)



だーかーらーさー

そういうことを言っちゃうから嫌われちゃうのよね

グウィネスってば。

(ウィスコンシンは僻地扱いだし 笑)

億単位で稼いでいて、フルタイムのナニーもいるだろうから

デイケアの支払いや送り迎えの心配なんてないだろうし

毎日、食費や家族のために作る料理の心配もないだろうし

おまけに、オフィスワークなんて、どうってことないでしょ?

という上から目線。

さっすがだわ。



私はこのニュースを読んで、怒るというより

またやってくれたわー、と思わず爆笑。

こういう人は一生変わらないし

観客として遠見で見ている分には

茶番劇みたいで楽しいし。

芸能人の言うことに、いちいち目くじら立てても

しょうがないもんねー。

彼女の次の Politically Incorrectな発言が

楽しみですわ。



こちらが原文。

“I think it's different when you have an office job,

because it's routine and, you know, you can do all

the stuff in the morning and then you come home in

the evening. When you're shooting a movie, they're

like, 'We need you to go to Wisconsin for two weeks,'

and then you work 14 hours a day and that part of

it is very difficult. I think to have a regular job

and be a mom is not as, of course there are challenges,

but it's not like being on set.”




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シングルマザーだった頃 ~不安発作~

mother daughter


シングルマザーだった頃の話は

何回か、このブログに書いているが、

今回はちょっと真面目にココロのことを。


私は前夫と離婚をファイルした年に

大学へ行き始めた。

1996年だった。

アメリカへの移住、離婚、大学進学と

環境が激変したこの年の前後、

私は、自分を見失っていたような気がする。

もちろん、日常生活はきちんと送っていたし、

娘との2人暮らしも楽しかった。

大学を出て、アメリカで就職するという

明確な目標もあった。

バイトに勉強に子育てに息つくひまもない過ぎていく毎日。

でも、ふと立ち止まると、

不安を抱える、自信をなくした私がひょっこり現れた。

不安発作を起こし、心臓発作かと思い、

医者にかかったこともある。

必死で勉強したので、大学での成績は良かったし、

就職への不安も不思議となかった。

今当時を振り返るに、

アメリカで娘を抱えてひとりぼっちで、

私の居場所を見つけられないことが怖かったんだと思う

(実際は、前夫の両親のサポートはあったけれど)。

受け入れられたいけど、どうしたらいいかわからない。

家族はみんな日本だし、親しい友達もそばにいない。

英語は発展途上で、顔見知り以外の人と会話するのも苦手。

そんな自分がいや。


そんな私は、ふと思いついて、

大学のキャンパスにいるカウンセラーに

かかったことがある。

そこで私は、

「自分に自信がない。受け入れられていない気がする。

そんな自分が嫌い」

と訴えた。

「自信がないって、あなた成績だっていいじゃない」

とカウンセラー。

「成績のいい人なんて、いくらでもいるわ」

と私。そんなの全然特別じゃない。

そこで、彼女は私に質問した。

「あなたの長所は何?」

思いつかないので答えられない。

じゃあ、次のアポイントメントまでに、一つだけでいいから、

自分の誇れるところを見つけてきてね、という彼女。

結局、一つも思い浮ばず、キャンセルしてしまった。

これって、いわゆるウツ状態だったのかもしれない。

でも、前述したように、

本当に普段はちゃんとファンクションしていたし、

落ち込んで引きこもるようなこともなかった。

ただ、普段、ココロの中に小さく小さく、

押しつぶし、飼いならしている不安が、

時々、ぱちん、と顔を出す感じ。

それを持て余し、抱えきれなくなると、

不安発作として症状に出たのだ。

今の私は、その頃の私が誇って然るべきものを

いくつでも挙げられる。

自分で言うのもナンだけど、頑張ったもの。


その後、仲の良い友人ができたり、

英語漬けの毎日を過ごすことで

英語へのコンプレックスもだんだんなくなったり、

アメリカでひとりで暮らすことへの

自信もついてきた。

あとは、娘の存在。

彼女によって、母としての居場所はいつもあった。

彼女に、常に求められているという実感。

これに助けられたことも大きい。

娘よ、感謝するぞ。


今、同じように、どこかで次へのステップを

踏み出そうとしている人にエールを送ります!






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シングルマザーだった頃  ~おままごとのテーブル~

私が以前、娘と住んでいたのは、

元旦那の両親の住んでいた家の二階だった。

そこにいる間に、私の離婚、大学への進学、

義父の突然の死、義母の再婚、現在の旦那との出会い、

とさまざまな出来事があった。

私と旦那は結婚し、その家を義母から購入し、

そして、私達の息子が生まれるのだが、

今回は、まだ私がシングルマザーだった頃の話。


娘と2人で暮らしていた二階のスペースは、

玄関が別にある、独立したアパートになっていて、

ベッドルーム一つ、リビングルーム一つと

それに接した小さな小さなキッチン、

そしてバスルームのコンパクトな造りだった。

天井の上は、すぐ屋根だったので夏は暑かったが、

リビングルームには天窓があり、とても気に入った空間だった。

天窓の下に置いたカウチに寝転び、晴れの日には青い空を、

嵐の日には、打ち付ける雨を一心に見ていたものだ。

バスルームには、猫足のタブがあり、

見かけは良かったが、お湯はこぼれるし、

楕円形のレールから吊るされたシャワーカーテンは

シャワー中に体にまとわりつくし、

ちょっと神経を遣った。

ベッドルームは広めで、ベッドを二台置いても十分な広さ。

でも、朝起きると、大抵娘は私のベッドの中にいた。


私達2人は、よく下の義父母に呼ばれ、一緒に食事をしたが、

もちろん、2人だけでの時もあった。

前述した通り、ベッドルーム以外は、居間が一つだけ。

そこは、義妹が以前使っていたテレビ台、

娘のおもちゃを置いてある棚((義父母から借りた)、

それと私が元旦那と別居する際に持ってきたカウチで

いっぱいだった。

ダイニングセットなんて、置くスペースはない。

そこで、私と娘は、アメリカのおもちゃメーカーの

ピンクと白のプラスチックでできた

子供用のテーブルで食事をしたものだ。

kids table


大学に通うようになって出来た友達は、

みんな一様に、目を丸くしていたようだったが、

全く気にならなかった。

収入はあまりなかったけど、背伸びをせず、

シンプルに暮らすのが本当に楽しかったのだ。

みじめと思ったこともない。

今振り返るには、離婚して一からの人生の建て直し、

と思っていたので、何もないこと自体が心地よかった

のだろうと思う。

また、大学を出て正社員の仕事が見つかれば、

娘にもっといい暮らしをさせてあげられる、

と信じていたので、つかのまの苦労ととらえていた、

というのもある。


私にとって、そのピンク色のおままごとのテーブルは、

シングルマザーだった頃のがむしゃらな私と、

小さかった娘への愛情の象徴なのである。





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国際離婚 ハーグ条約が可決

Hague.jpg
http://savingjapan.netより

私は、娘が2歳の時に最初の旦那と離婚したのだが、

離婚の裁判を始める前に日本へ娘と2ヶ月ほど帰国した。

アメリカへ戻ってきたときに、元旦那の家族から、

「もう戻ってこないんじゃないかと思ってたわ」

と言われた。

私は、再スタートをアメリカで切ろうと決めていたので、

ちょっと心外だったが、当時はその選択もあったのだ。

今日は、今後、それは選択外になる、という話。


1週間ほど前に、ハーグ条約が参院で可決された。

国際結婚をして子供を授かったけれど、

離婚を考えている方や協議中の方はご存知だと思う。

これは、国際結婚が破綻した夫婦間で国境を越えた子どもの

連れ去りを「不法」とする国際 ルールを定めた条約。

主要国で加盟していなかった国は日本とロシアだけだったが、

今年、日本でも加盟可決。

年内には加盟の見通しらしい。


さて、これによって、どう変わるか。

例えば、アメリカでアメリカ人と国際結婚をした日本人女性が

離婚に伴い、元ご主人の同意を得ずに日本へ子供と一緒に

帰国するとする。

もし、元ご主人が国を通して日本へ子供の返還や面会を請求した場合、

子供の母親からの引きはがしがあり得る。

これは、子供が16歳未満であることが前提だが、

子どもを養育する「監護権」の手続きは、

子供が「連れ去られた」以前の居所地であった国で行われるべきだと

の考えから、子供を帰還させることが原則なため。

近年、ウィスコンシンでも例があったが、

同意なく子供をアメリカから連れ去ると、

誘拐罪として、FBIから指名手配され、逮捕されることもある。

(追記:もちろんアメリカ国内でも誘拐罪に当たります。

先のウィスコンシンの女性はハワイへグリーンカードの更新に

渡航した際に拘束されました)



私は、基本的には、両親共々養育権を共有するのは

当然だと思っている。

夫婦としてはお互いが他人になってしまっても、

子供にとっては、両方とも大事な親だから。

だが、もし離婚して、アメリカで自分と子供の両方を

サポートできる見通しが立たない女性だっているだろう。

子供と別れたくがないがため、破綻している結婚生活を

続ける女性も多く出てくるかもしれない。

あと、ひとつ危険だなと思うのは、もし、家庭内DVがあった場合。

日本国もこのことを理由に子供の帰還を拒否できるとしているが、

両サイドとも弁護士をつけ、争われることも多々でてくるのではないか。

離婚の弁護士料はもともと高額だが、国境を越えてに争うのには、

さらに高額になるのでは。

となると、財力がないと裁判で勝てないかもしれない。

特に、アメリカは父権の主張の発達している国。

サポートする団体も多々ある。

日本へ逃げ帰れば何とかなる、という時代は終わった。

もし、お子さんがいて、離婚を考えている方には、

本当に深刻な問題だろう。

まずは、弁護士や専門家に相談。日本へ帰る前に、

ご主人との合意へ持っていくことが必要!

なんか、熱くなってしまったが、ちょっと真剣に

考えていたことなので、記事にしてしまいました。

(念のために。私は法の専門家ではありません。

調べたことに対して意見を述べただけです。

質問や相談は弁護士等になさってくださいね。)



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