アメリカの肥満と私の歩数計

MANPO.jpg

昨日、歩数計がうちに届いた。

これは、私が勤める会社が社員向に福利厚生としてオファーしている“Walk This Way”で使うもので、

参加者には無料で与えられる。

“Walk This Way”は社員の健康維持のためのプログラムの一環。

このプログラムに参加し、一定の基準を満たすと翌年報奨金がもらえるというもの!

確か$600だったと思う。これを見逃す手はありません。


では、“Walk This Way”で何をするか、というと、まあ歩数計ということでおわかりでしょうが、

そのままズバリ、歩くのです!

そして一日に何歩歩いたかを12週間オンラインで記録するだけ。

ただ、その期間に350,000歩以上歩くという条件がつく。一日平均4,167歩歩くという計算。


日本に住んでいる方からすれば、エクササイズしてなくてもその倍くらい

当たり前で歩いていることだろうが、車社会のアメリカに住んで、

おまけにオフィスで一日座っている仕事に就いていると、結構難しい。

オフィスのフロアーを見渡してみても、Heavyset(体格のいい)方がほとんど。

私なんて、日本人からみたら小太りに入るんじゃないかと思うが、

オフィスでは“あなたはSkinny(やせてる)と言われる始末。


アメリカにおいての肥満の問題はホントに深刻。2012年度のコーネル大学の調査によると、

肥満が原因によるアメリカの医療コストは$190億ドルで、全体の20.6%にもなるというから驚き。

健康保険を払う一企業としてもコストは上がっていると容易に考えられる。


そこで、このようなプログラムの導入なのだ。このプログラムは報奨金が出るので、

社員にはおいしいものだが、会社にももちろんメリットがある。

社員がこのようなプログラムに参加し、健康に対しての意識を高め、あわよくば体重が減る、

ということは企業の健康保険のコストの削減につながる(はず)というもの。


明日の4月1日からプログラムが始まる。かあちゃんも頑張って歩くぞ!

(写真をみてお分かりでしょうが、今日午後9:30の時点で2,299歩しか歩いていません。

大丈夫か?


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さて、どうする? (面白画像)

squarrel.jpg
http://i.imgur.com/cEIF4Gm.jpg AFinnさんの投稿

REDDITで見つけた画像。思わずぶっと吹いてしまいました。

バードフィーダー(野鳥用のえさ台)に入っているえさを狙ったはいいけど、どうするの、りすさん?


アメリカはちょっと郊外に出ると、野性の動物がうろうろ。

うちの周りでも、リス、ウサギ、鹿をはじめスカンク、たぬき、オポッサムまでその辺にいる。

(夜行性の動物は、時々道でおだぶつしているのを見かけます…)

野生の七面鳥の群れを道端で見たこともある。結構大きくてびっくり!

きつつきがコンコンしている音が聞こえることも。

そういえば、何年か前には、うちの裏庭で鷹が狩をしているのを見かけた。

なんか、キューキュー鳴き声が聞こえるなあ、とドアから覗いてみると、

なんと、鷹がうさぎを地面の上でがっちり捕まえている姿が!

まさか、ナショナルジオグラフィックで見るような光景をうちの裏庭で見るなんて!

超イナカと、お思いでしょうが、そんなことありません。え?そう思うの私だけ?



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うちの子供はニホンゴが話せない…。

家族


私には2人の子供がいる。

上はもうすぐハタチになる、離婚した元旦那との間にできた大学生の娘、

下は11歳の再婚した今の旦那との息子。

2人とも日本語は全くといっていいほど話せない

これは、ちょっと胸が痛い。いや、ちょっとどころかかなり痛い。

別に将来バイリンガルだと彼らのキャリアに有利になったのに、とか、

私とこっそり日本語でアメリカ人にわからないように話せたのに、という理由ではない。

日本にいる母や祖母が彼らと会話ができないのが悲しいのだ。


日本へは我が家の経済状況によるが、2年毎に帰るようにしている。期間は2週間。

できれば毎年子供が夏休みの間2ヶ月とか滞在したい!

でも、フルタイムで仕事をしている以上それは不可能だし、お財布も許さない。

現実的にはこれが精一杯。


アメリカで暮らしていている私には、成長している子供たちを連れて行くのが唯一の親孝行のようなもの。

が、私が通訳に入らないとほとんど会話が成り立たないのをみると、涙がちょちょぎれそう。

どうして、こんなことに…!と、怒ってみたところで、どうにもならない。

だって、私のせいだから。


2人の子供は小さい頃から、息子においては生後6週間から、ほとんどの時間を託児所ですごした。

そこでの会話はもちろん全部英語。環境的には専業主婦よりはハンディキャップがある。

だからといって不可能ではなかったはず。結局は私に忍耐力がなかったのだ。


子供たちが小さいうちはそれなりに頑張っていたと思う。

でもだんだん子供が大きくなるにつれ、英語を話すことが圧倒的に多くなり、

私も、ついつい英語で返してしまうことが多くなった。

日本語で話しかけると、英語で“それ、どういう意味?”と返ってくる。

仕事から帰って来て疲れているところに、自分の言いたいことを何度も繰り返すことは時間もかかるし、

イライラする。

そういうことが繰り返されるうちに、諦めてしまったのである。

まったく、ダメな母親である。自分で自分が情けない。

何が大切かって、根気の強さと忍耐力、これにつきると思う。

何がなんでも、いつでもどこでも、日本語で話しかけ続けること。

ああ、あの頃の私をどつきたい。 諦めたらいかん!って。


P.S. うちの娘は Rosetta Stone で日本語を勉強したいと言っています。

なんか嬉しいような哀しいような。


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中国製?

ちょっとインターネット画像まとめサイトでみて気になったのでアップしました。

pic.twitter.com/iInGdFajMl
pic.twitter.com/iInGdFajMl


PRCとは「People's Republic of China 中華人民共和国」の略。

アメリカでもこうやって売ってるのかな? Made in Chinaじゃなくて。

見たことあります?


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ホーダー ~ゴミ屋敷に住む人々~ 

今日はちょっとテレビの話題。

私が時々見るTV番組にA & Eの HoardersTLC Hoarding: Buried Aliveがある。

これらはCompulsive Hoarding(日本語では強迫性貯蔵症というらしい)というメンタルな

病気を抱える人々が出演し、精神科医や整理整頓のスペシャリストと共にゴミを整理し、

家を片付けるプロセスを放送するというリアリティ番組。

ほとんどはハッピーエンドで終わるし、その片付けのBeforeとAfterの家を見るも楽しみ。


Hoarding は O C D(強迫性障害)の一種とされる病気だが、

これらの番組では精神科医やカウンセラーによって、ホーダーになった要因がひもとかれ、分析され、

病気であることを本人や家族に認識させる。

ホーダー達は“私は物をコレクトするのが好きなだけ”と、病気であることすら認めない場合が多く、

家族を憤慨させることが多々ある。

確かにホーダーを家族に持つことは大問題よね。

特に腐敗したごみ、ねずみ、ゴキブリ等と住居を共にしなければならない場合なんて。

積まれたモノによる怪我や事故も起こりやすいし。

これは一緒に暮らしてなくても心配。


Hoarder.jpg
technorati.comより

番組の始まりに家がどんなに汚れているかカメラが写すのだが、これが相当すごい。

食事中にはとても見られない。

モノが天井まで積まれ、ゴミが散乱している家。キッチンではシンクには汚れ物がたまり、

水道やガスも使えない家も。

中にはそんな中で動物を飼っている人もいるからびっくり

そして、トイレやお風呂も使えないほど汚れていたりする家もがほとんど。

そういう人は、電子レンジで調理したものや調理済みのものを食べ、シャワーはジムのメンバーになり、

ジムで浴びたりしているらしい。


自治体によっては、住人、隣人にホーディングによって災害や健康面での危険があると判断された場合

(特に火災になったりした場合、危険が倍増する)、没収という可能性もある。

家を失うかもしれないという危機に陥っても、モノに執着し続ける人たち。

モノより大切なものがあると理解できなくなっているあたり、ああ、病気なんだなあ、と思う。


そんなだから、最後に綺麗になった家を見ると爽快だし、ほっとする。

出演者のほとんどはセラピーを受けつつ、家を清潔に保ちたい、と言って終わる。


日本でもゴミ屋敷とか社会問題の一つだけど、メンタルな病気が原因という場合もあるって

認識はあるのかな?

私も実はこの番組を見るまで知らなかったし。


ちなみに、私も片付けが苦手なので、旦那にホーダーと呼ばれますが、ただぐうたらなだけです、はい。


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Job Interview ~アメリカで面接~

Interview.jpg


Job Interview – ビビりの私には面接はちょっと拷問に近い(ちょっと、大げさ)。

面接が得意という人を私は素直に尊敬する。

私はもともと自分に自信がないヒトなので、面接に向かう車のなかで、

“大丈夫、私はエラい(何それ?)、絶対できる”

とかなんとか呪文を唱えながら自分を無理やり鼓舞する。

面接で聞かれるだろう質問を想定し、それに対する答えを口にしてみたりする。

これは結構役に立つ。

一度実際口に出しておくと、本番でもすらすら出て来やすい。


アメリカの企業での面接はかなりカジュアルで形式ばっていない(少なくとも私が受けたものは)。

そんな中で、思いっきり自分をアピールする。

恥ずかしいとか自信がないとか、微塵も見せないように真剣勝負。きりっ!

見せないどころか、その仕事に対する熱意をも伝えないといかん。

わが社があなたを雇うことが必要である理由を述べてください

とか言われると気張るよねえ。

思いっきり肩がこります。


印象に残った面接をひとつ。

ある企業でシニア・アカウンタントのポジションに応募したときのこと。

受付の人に通され、面接をする会議室で心を無にして2、3分1人で待っていると、

張りのある声で、“ハーイ、私コントローラー(経理部長)の○○です。”と、

50代半ば位のちょっと体格の良い女性が入室してきた。

あれ、なんか見たことあるな、この人、と思いつつ面接が始まる。

面接はまあまあスムーズに進み、終わりの方で、つい好奇心が勝ち

“以前、お会いしたことありますよね?”と聞いてみた。

聞いた途端、記憶が逆流。思い出した!き、聞かなきゃ良かった。

彼女は、その面接から遡ること3年前、違う企業で私を面接した人だったのだ

(ちなみにその企業からオファーは来なかった)。

彼女は転職していたのだった…。

ありゃ、これはチャンスないかも、と思っていたら、果たしてオファーはまたまた来なかった。

面接の内容自体は覚えてないけど、こういうこともあるのねえ、

と忘れられない面接になりました。


こっちの大学を卒業して13年、かなりの数の面接を受けてきた。

リストラにあった時は本当にたくさん受けた。応募した数に比べれば1/10とかだけど。

数をこなしたせいか、年の功か、以前ほどはドキドキしなくなったけど、

いつまでたっても苦手なものは苦手です。

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マフィントップ?

Muffin.jpg


Muffin Top
 という言葉をご存知だろうか?

Wikipediaによると、“A Muffin-top is the phenomenon of overhanging fat when it spills

over the waist line of pants or skirts in a manner that resembles the top of a muffin

spilling over its paper casing. Muffin-tops are generally considered undesirable.”

まあ、簡単に言えば、ジーンズやパンツの上にぽてっとはみ出しだお肉のこと。

ちなみに写真の様な状態である。

Muffintop.jpg


これは、Love Handleとも呼ばれる。どっちにしても呼び方はかわいいけど、結局はウエスト周りの脂肪。

はい。わたくしもぐるりとございます。でもガードルできっちり隠しております。


40過ぎてすぐ、持病の乾癬性関節症が悪化した時期に活動量がかなり減り、

メタモリズムのスローダウンと併せて、体重がかなり増えた。

ショッピングに行った際、ふと全身が写る鏡の前を通りすがったりした時、

え?誰この太ったおばさん?あ、あたしじゃん…。とショックを受ける日々が続いた

(これ本当によく驚いていた)。


そこで、関節症を改善するためと(関節にかける負担を減らす)、見かけの改善のためにダイエットをした。

その内容はまたの機会に書くが、半年で30lbs(13kg)程やせた。

かなりストイックでヘルシーな食事生活だったが、ゲーム感覚で実行、成功した。

体が本当に軽く感じられた。まあ、実際軽くなったけど。


と、やせたままの体重を1年ほどキープしていたが、一昨年、日本に里帰りしたことをきっかけにタガが外れ、

10lbsほどリバウンドしてしまった。よよよ。日本のごはんはオイシイんだもの。


アメリカでは新年の誓いにダイエットを掲げる人が多く、私の職場でも頑張り中の人が多々いる。

そんな人達とは逆方向へまっしぐらの私。パンツもきつくなってきて、Muffin Topもできちゃったし、

また、ダイエットします。(もし)痩せたら報告するね。

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いちごマン

ちょっとこれかわいい!



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Topic: 話題の動画 | Genre: Other

アメリカの大学受験(?)事情

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アメリカの大学へ入るのは易しいが出るのは難しい、と前に書いた。

アメリカで学生生活を過ごした方や、子供を大学へ送った方はご存知だろうが、

希望すればどこの大学へ簡単に入れる訳ではない。

アメリカでもレベルの高い大学へTraditional Student (高校卒業後すぐの生徒)が入るのは

はっきり言って難しい

日本の大学受験は入学試験に重きが置かれていて、記念受験で受かってしまったりすることがあるが、

アメリカでは、生徒の全体的資質も評価される。


もちろん、学力は重要。SATACTといった学力を評価する標準テストで高得点を

高校在学中に取ることも大事である。

これらのテストは毎月実施されていて、繰り返し受けてもかまわない。

その中から最も高得点を大学へ提出することができる。


その他に大学が重視するのは、高校時代4年間の平均成績値(GPA)。

これは、もちろん4.0(オールA)か、限りなくそれに近い値が望ましい。

なので、Freshman(高校一年生)の時から続けていい成績をとることが必要。

私の同僚の甥はYale大学に入学を希望していたが、あるクラスでBを取りそうになり、

学校に談判して、そのクラスを聴講という形にしてもらったそうだ。

GPAの計算にそのBが含まれると4.0ではなくなってしまうから。

ちなみに、そのクラスは次の学期に取り直し、Aを取ったそうだ。す、すざまじい


その他にも、スポーツで結果を出したかどうか、ボランティアなどをして社会貢献をしたか、

生徒会などの活動をしたか、なども考慮される。


スポーツで優れている場合は、有名大学から奨学金を提示されることも多々ある。

もっとも、学力もある程度ないといけないけど。

大学に入ったあとも、ある程度のGPAをキープすることが期待される。

また、怪我や病気などをしてスポーツができなくなってしまった際は、奨学金の停止もありえる。


あとは、推薦書。これも大事。

これは、ちょっと例外だが、もしミリタリーの士官養成大学に入学希望の場合は、

Senator(下院議員)などの推薦書が必要になる。これは、個人的に知り合いでなくても、

成績証明書やエッセイなどを在住する州の議員に送り、嘆願することも可能。

実際、私の知り合いの息子はイリノイ州の議員に手紙を書き、推薦書を得ることができ、

希望どおり海軍士官養成大学へ入学した。


これは、私の娘が大学に入る際にあたっていろいろ学習したこと。

まあ、彼女は勉強に全く興味のないヒトだった(大学生の今も)ので、

得た情報が活かされることはあんまりありませんでした。ちゃんちゃん。

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週末と友人とお寿司

ちょっと、というか大分古いけど、Loverboyの Working for the weekendの歌のサビの部分通り、

週末をそれは楽しみにしながら働いている。

別に特に何をするわけじゃない、ぼーっと過ごす週末が大好き。

家族に白い目で見られながら、昼過ぎまで惰眠をむさぼるのもよし。

カウチでどっかり、タブレットのゲームに興じるのもよし。

犬の毛が舞う部屋とか溜まった洗濯物とかは小人さんに出てきてもらって、

何とかしていただきたい。


そんなぐうたらな私だが、時にはお出かけする。

今日は近隣に住む日本人の友人達と、私も含めて7人プラスおチビちゃん2人とランチ。

場所はFushimiというMilwaukeeにある日本食のレストラン。

そこはBuffet形式だが、$12.95でランチメニューに載っているお寿司もオーダーでき、食べ放題。

とてもリーズナブル。

Fushimi1.jpg


以前書いたが、私はTMJ(顎関節症)持ちで、お寿司をぽんと口に入れることができない。

できないけど、すみません、ボロボロこぼしながら、たくさん食べました。

あたくしは久しぶりにお寿司で満腹になり、幸せでございました。


と、ランチはとても満足のいくものだったけど、やっぱりメインは友人達との会話!

初めてお会いした方も含めて、心地よく楽しい会話は弾む。

弾みすぎて居座った時間は3時間。Time flies when you are having fun!

ゆみさん、読んでます?いつも計画してくれてありがとうございます!

法子さん、車出してくれてありがとう。

みんな、楽しかったね。


さて、私はまたぐうたらかあちゃんに戻り、明日の朝は家族一遅起きしよっと。

おやすみなさい。

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大学の専攻とオトナ

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“大きくなったら何になろう”といいオトナになっても常に考えていた私は、

大学の専攻を考えるのは実は楽しかった。

結局は、多分仕事に就きやすいだろうという考えからビジネス/アカウンティング

(会計学)を取った。その結果、卒業する前に就職先が決まり、

すぐにパートで働き始め、卒業後正社員として働くようになったので、

シングルマザーには良い選択だったのだろう。

でも!

今でも、時々考える。

あの時、もっと選択はあったはず。建築を専攻したら、それとも看護学の勉強をしていたら。

それとも、それとも…!


さかのぼること20ウン年、高校生だった私は音大に行くつもりで

音大の先生に師事していたのだが、3年生の夏に色々考えた挙句やめ、

受験勉強を始めた。一日何時間もピアノを弾いていた指が、鉛筆を握るようになった。

当時は短大が人気だったので、港区のミーハー(死語?)短大へ進学。

学科は国語が得意だったという理由で国文科。

はい、筋が一本も通ってないのが私なのです。

言い換えれば、何がしたいのか自分でもわからなかった、ということ。


なので、オトナになってからアメリカの大学に通うということは、

敗者復活戦というか、夢を再びみるチャンスでもあり、

私は一体何がしたいのかと自分に問う機会でもあった。


話はちょっと飛ぶが、私が以前かかっていた歯医者で働いていた

歯科衛生士さんの息子さんは、気象学を学び、とあるテレビ局で天気予報を報じている。

彼は、小学校の頃から天気に興味があり、雨量計を誕生日プレゼントにねだったりしていたそうだ。

もちろん、今も仕事Love全然ブレがない。

そんな夢を追って成功した彼とは大違いで、経済的自立が第一の目的だった私は、

超現実的な行動を取り、ビジネス専攻を選ぶことになった。

夢よりご飯。

おかげで、卒業以来会計/ファイナンス関係の仕事をずっとしていて、

とりあえず、食いっぱぐれはない(リストラにはあったけど)。

なんか、オトナってちょっと哀しい、と思う。

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うちの職場 カフェテリア編

ここ半年ほど、うちの会社のカフェテリアのCaprese Risottoにはまっている。

2週間に一度木曜日に出されるメニューで、結構うまい

ダイエットしている人や小食の人用に、ハーフサイズも作ってくれるけど、

私はいつも思いっきりフルサイズ。 

このメニューはオーダー後に一皿ずつシェフのDaveが作るので、リゾットの日は列ができる

(といっても、5人とかだけど、はは)。

Chef.jpg
シェフのDave

オーダーする人たちは、なんとなく重ならないように時間差で来てる感じ。

私は、早めの11:30に行ってオーダーし、自分のデスクに戻って食べる。

私は普段は節約のためお弁当を持参。

タッパーに入れた前の日の残りものとかを職場の電子レンジで温めて食べるのがほとんど。

でも、リゾットの日は別。5ドル位だから、そんなにバカ安い訳じゃないけど、

おいしいのでここのところ、見逃していない。

トマト風コンソメ味のリゾットの上に、モッツァレーラチーズ、トマトのスライス、

バジルがのっている。チキンもオプションで頼める。

今日も朝から待ち遠しかった!

リゾット
今日のランチ。お皿があれだけど、おいしいよ。写真がヘタですまん。

お腹いっぱい食べた後はお昼寝してとはもちろんいかず、膨れた腹をなでつつ、

眠気をこらえながら、コンピュータに向かうかあちゃんであった。


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英語で夢を

先日、友人に前夜に見た夢の話をしていた。
その夢の内容は忘れてしまったのだが、
英語で誰かとしゃべっている夢だった。
その時に、友人に“へえ、夢も英語で見るんだ”と言われ、はたと思った。
そういえば、そうか。

私の元旦那は日本に駐留していた元軍人だった。
日本で5年程付き合った後結婚し、
基地内で暮らしていたので、アメリカに来た際は日常会話はなんとかなっていた。
まあ、発音も文法も滅茶苦茶だったと思うが、とりあえず通じる程度。

そんな私が大学に通い出して、読み書き、リスニング、スピーチ等、
英語と向き合う日々が始まった。
伝わればいいや、というスタンスだった私は180度転換。

一番苦手だったのが、何といってもスピーチ
答えがわかっていても、英語を間違ったらどうしよう、
と心配する日本人の性で(私だけかな)、
しばらくはクラス中もほとんど手を挙げなかったし、
指されるのも異常に恐れていたので
なるべく気配を消していた。

実際のところは、正く答えることよりも、
ディスカッションに参加することに意義がある、
というようなアメリカの授業では、
私が変な英語を喋っても誰も気にしなかったんだと思う。
自意識過剰はつらいよ。

話すのが苦痛でも、ビジネスを専攻したので、スピーチのクラスはあったし、
グループプロジェクトをクラスの前で発表するクラスも多かった。
それこそ、Sink or swimの世界。必死で犬かき状態。
まあ、拒否してたら、単位はもらえない。

読み書きも毎日、毎日、本当に毎日やらざるを得ない。
なんたって、宿題だからね…。
なんだっけこういうの?
ローマは一日にして成らず?
千里の道も一里から?


ペーパー一枚書くのにも、辞書を引き引き、Tutor(大学生の家庭教師、
大学で無料でそのサービスを利用できる)に頼る毎日。
でも、そんなことを4年間続けていれば、成果は出る
これ、ホント。

昔は言いたいことを日本語で考え、頭の中で変換して英語にしていたけど、
いつの頃からか、日本語で話すときは日本語で考え、
英語で話すときは英語で考えるようになった。

オトナになっても人間は成長できるのね。

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痛みに強いよ

昨日、歯医者へ行ってきた。
毎日朝晩きちんと歯磨きしているのにできた2本の虫歯を治療するため。
40過ぎて虫歯の治療ってなんか哀しい。

私は、どちらかというと痛みに強い方だと思うし、注射とか平気だし、血も気にならない。
でも歯医者の椅子に座り、治療が始まると即、体がこわばる。
これは、いつ訪れるか知れぬ痛みに対する、防御反応みたいなものかな。
はい、サプライズが嫌なんです。

治療中に、はっと気づくと、両手を強く組み合わせていて、
手の甲に指の形がピンクに残っていたりする。

その朝も、もちろん麻酔を打ってもらったが、半端に効いていたらしく、
削られている途中でいきなりキューンと痛みが!

思わず小さい悲鳴が漏れる。

私の歯医者は女性なのだが、“キャー、ごめんなさい!”とか言って、
もう1本麻酔の注射を追加した。そのおげか、朝に治療したのに、
仕事が終わる5時ごろまで、口が麻痺していた。

ちなみに、その話を同僚にしたら、彼女は歯医者では麻酔をしないと言っていた。すご。

で、歯の治療をさらに拷問化させているのが、私のTMJである
(TMJのことは後でいつか書こうと思う)。
日本語では、顎関節症というらしいんだけど、数年前に発症し、持病の炎症性関節炎
(正しくは乾癬性関節炎、これについてもいつか書きたい)によって悪化し、
上下の歯の間が2cmほどの隙間程度しか口を開けることができなくなっている。

口を頑張ってMaxまで開けてようとする私にとっても、
ちょっとの隙間から治療しようという歯医者さんにも忍耐が必要となるのだ!

話はちょっとそれるけど、この口が開けられないというのは、チョッと哀しい。
考えてもみて?にぎり寿司を丸ごと口に入れられないんだよ?
りんごも丸ごとかじれないし。

ともかく、麻酔が切れた後、歯も歯茎も痛くないけど、
顎がじんじん今日まで痛みが続いている(涙)。

あれ? 実は痛みに弱いのか、私?

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シングルマザーでも大学へ行ける

大学に通っていた4年間は、どう考えても貧乏なはずだったが、
苦労した記憶がない。

これは、いろいろサポートがあったから。

私と娘は元旦那の両親が住む家の二階を借りて住んでいた。
彼らは息子と離婚した私のことをいつも気にかけてくれ、
実の娘のように扱ってくれた。

そんな彼らは家賃は高熱費込みで300ドルしか取ってくれなかったし、
夕飯もよくご馳走してくれた。
車の免許を取るときも、練習につきあってくれたし。
彼らのサポートがなければ、今の私はない。

あとは、政府のサポート。

フルタイムで大学に通うシングルマザーということで、
Social Workerのお世話になり、
州政府から発行されている低所得者用の医療カードを利用できたので、
医療費は無料だった。 まあ、私も娘も健康でピンピンしていたから、
ほとんど医者にはかからなかったけど。

毎年ファイルするTaxも、子供を養育している低所得者のための
Earned Income Credit のおかげで、実際に払ったTaxよりも多く還元された。

大学関係では、Grant (助成金)の他に民間からの奨学金ももらっていたので、
以前書いたように、授業料は免除になり、本代やその他諸々の費用もカバーされた。

託児所代は、大学からもらう給料の半分以上で大きな出費だったが、
もちろん大学には連れていけないので仕方がない。

でも、これもサポートを得る方法もある。

やはりシングルマザーをサポートする非営利団体によっては
託児所代などを替わりに払ってくれるところもある。
これは、Senior(大学4年生)になってから知り合った友人が
その制度を利用していて勧められ、1年間だけだったが恩恵を受けた。

このように、周りから大きなサポートがあったおかげで、大学を卒業できた。
こうやって書いてみると、本当に恵まれていたなと思う。

外食したり、ブランド物を買ったり、旅行したり、という贅沢はもちろん
できなかったけど、そんなものよりももっと大事なものを手に入れた時期だった。

Social Worker との最後の面談で卒業を伝えた時、彼女は本当に喜んでくれ、
“I'm so proud of you!”とハグしてくれた。
心の中では、政府にお世話になるなんてちょっと恥ずかしいと思っていたけれど、
彼女の笑顔を見て、そんな感情も一気に吹っ飛んでしまった。

もしシングルマザーでこのブログを読んでいる方、
お金がなくても大学に行く方法は色々ありますよ!ホント!

追記:シカゴでシングルマザーのサポートグループの立ち上げを
計画中のCHさんのブログサイトのをリンクをアップしました。

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キャンパスで働く

大学に通っている4年間、キャンパスのAdvising Center(学生相談課)で働いた。
ここは、主にMajor(専攻)の決まっていない生徒に課目の選択など、
アドバイザーが指導するところ。
私は受付と簡単な事務を担当していた。

ここは本当にパーフェクトな職場だった。
週に20時間ほど授業と授業の合間に働けたし、暇な時は宿題をやっても良かった。
上司はMargieという60台の女性だったが、とても優しく、
ウィットの利いたコメントが面白い人で、彼女の元で働いていた学生は
私も含めみんな懐いていた。

そんな職場だったが、私にとってはアメリカで初めての事務職。
かかってくる電話を取るのが最初は恐怖だった。
ほとんどが取り次ぎの電話だが、アドバイザーとのアポイントメントをとったり、
簡単なインフォメーションを伝えること等は要求された。

出勤初日の朝のこと。
Gloriaというディレクターの秘書をやっている人の電話が鳴った。
彼女は席を外していたので、ドキドキしながら電話を取ろうとすると、
Margieをはじめ、みんなにNo----!と止められた。
ビビりの私は顔をひきつらせ、固まった。

日本で事務の仕事をしていた時は、部署にかかってきた電話は
手の開いている人が出るのが常識だったが、ここでは違うらしい。
受付の電話だけ出て頂戴。とたしなめられる。

このことで、電話をとるという恐怖がをもう一段階レベルアップした…

それでも受付にかかってくる電話を無視していたら、お給料はもらえない。
いちいちビクりとしながら、受話器をとっていた。

案ずるより産むが易し、の言葉どおり、
電話をしてくる人に私の英語はなんとか通じたし、
相手の言っていることがわからない時は正直に、わからないので
もう一度お願いします、と頼むという毎日を繰り返すうちに、
いつのまにか慣れていった。

Advising Centerで4年間働かせてもらって、アメリカ人と働き
コミュニケーションをとる、ということに慣れることができたし、
アメリカで社会人として働くための自信をちょっと養うこともできた。

ああ、色々思い出してきちゃった。定年退職したMargie、元気かなあ。
あとでメールしようっと。

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宿題漬け

日本にいる頃から、アメリカの大学は入るのは易しいが出るのは難しいと、聞いていた。
もちろん、アイビーリーグの大学のように入るのも難しいところもあるが、
大低はこれに当てはまるだろう。

私も来る日も来る日もこれを実感した!

バイトを週20時間ほどしていたので、1学期に4クラスしか取っていなかったが、
毎日宿題の山に埋もれていた。娘を8時に寝かせたあと、机に向かう毎日。
課目によっては、辞書を引き引き、亀ペースでしかやっつけるしかないものも。
頭だって、若い頃のようにはいかん。

“4年の辛抱、4年の辛抱”と呪文のようにつぶやきながら、
深夜までかかって勉強していた。
日本で高校生の頃していた受験勉強を、4年間ぶっ通しでやってたような感じ。

Mid Term(中間試験)やFinal(期末試験)の前にはカフェインの錠剤を日本茶で飲みくだし、
無理やり起きていたこともあったよ…

私は日本人だし、アメリカでアメリカ人に混じって就職先を探す際に有利になるには、
A を取るしかない!と思い込んでいた。まあ、思い込んでいただけで、
オールAだった訳じゃないけどね。はは。
実際、就職した際にどの位それが役立ったのかは疑問だし。

そんな日々だったから、夏休みは毎年待ち遠しかった。

宿題から解放されたこの脱力な毎日。本当にゆるゆると娘と過ごした。
これがなければ続かなったよなあ。アメとムチみたいなもんだ。

でも、これは本当にいい経験になった。私の人生の中でも本当に無我夢中で努力した時期。
離婚して、日本に帰るというチョイスもあったが、アメリカにいた方がシングルマザーにも
チャンスがあると信じ、突っ走った時期。

ちょっと頑張ったじゃーん、と、あの頃の私に言ってあげたい。

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実は私は大学へタダで行きました。

今、私の娘は私が卒業した大学へ通っている。
田舎の州立大学なので私立に比べれば格段に安いが、
それでも一年間で7,000ドル位は払っている。

当時(20年ほど前)は確かその半額位だったと思う。
それでも、シングルマザーで収入のなかった私には捻出できない金額。
卒業してから返済義務が発生する学生向けのローンがあるらしいので、
それを借りるか?

入学願書を出した際に紹介されたのが、Carmenという留学生のサポートをする
アドバイザーだった。私のその当時の状況を親身になって聞いてくれた後、
Financial Aid Officeへと連れて行ってくれた。
Financial Aid Officeは、政府からの助成金や民間の奨学金などによって
金銭的に学生をサポートするオフィス。

私はアメリカに来てまだ1年ちょっとだったので、半信半疑だったが申し込みをして、
審査の結果を待った。そして、タイトルに記した通り、授業料は全額免除となった(なんと!)。
国と州政府の助成金が出ることになったのだ。
何故もらえたかというと、簡単にいうと、

1. ウィスコンシンに1年以上居住している。
2. 低所得の世帯主である。

の条件を満たしていたからだった。

アメリカってすごい!と感動した瞬間だった。
その当時の大統領はクリントンで、思わずThank You Letter を
書こうかと思ったくらいだ。

でも、周りのアメリカ人からは反感を買った。
どうしてアメリカに移住したばかりで、市民権のない日本人がただで大学に通えるのか。
”私なんて自分で学生ローンで学費払って、今もまだ返済してるのよ!”
と、憤慨されたこともある。

全く同感である。
同感であるが、彼らが学費を払ってくれるわけでもないので、
毎年申請し助成金をありがたく受け取り、4年で卒業した。
その4年間は貧乏だったけど、その面では本当に恵まれていたなと思う。感謝!

そして、2000年に卒業以来ずっと働いて税金を払っている。
ちょっとはお返しできてるんじゃないかな。

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初めてのペーパー

初めて書いたペーパー(小論文)は、忘れもしない人種差別についてだった。博士論文を執筆中の講師が教えるSociologyのクラスでの最初の課題だった。

アメリカの大学はどんなところか知らずに通い出した私は、ペーパーをどうやって書くのかもわからず、途方にくれていた。

そんな私の心中を察したのかどうかわからないけど、締め切りの二日前の授業中に一人の私より年上(だと思う)のブロンドの女性が小声で話しかけてくれた。

“もう、ペーパー書き終わった?”
“まだ。あなた(名前を忘れてしまった)は?”
“私もまだ。もし良かったら、うちに来て一緒に書かない?”
本当? 彼女が天使に見えた。

私は彼女の言葉に甘え、その日の内に彼女が1人で暮らしているアパートにお邪魔し、ダイニングテーブルで朝方までかかってペーパーを書いた(ちなみに、私の娘は元旦那の母に預かってもらっていた)。よく知らない人のお住まいに押しかけるなんて、すごく図々しいし、ちょっとコワい。でも、私は切羽詰まっていた。でも、よく考えれば、彼女はすごい。よく赤の他人に自宅を開放してくれるなんて。

当時はラップトップなど持っていなかったので、手書きでうーんうーんと唸りながら、辞書を引き引き原稿を書いた(後で、コンピューターで清書したけどね)。彼女はその手書きのペーパーの文法までチェックしてくれた。

そのおかげもあってか、最初に書いたパーパーはなんとA だった。涙が出るほど嬉しかった。これで少し、アメリカ人に交じってやっていけるかな、と思えるようになった。

その学期の後、彼女は辞めてしまったのかキャンパスで見かけなくなってしまい、連絡も途切れてしまった。
この場を借りて、念を飛ばします。○○さん、ありがとー!名前忘れちゃってごめんなさい。

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若く見える

工場で働いていたある日、同じ作業場の男の子から話しかけられた。別の作業場にいる友達に頼まれたので色々質問していいか?というのである。二人とも高校を卒業したばかりらしいの、にきびの残る若い男の子。

へえ?アメリカでもそんな中学生みたいなことするの?ナンパ?あ、日本のことでも知りたいのかな?ええ、ええ、よろしいですとも、と話し出すと。

なんと、その色々というのが、どこの高校に行ったのか、大学はどこに進学予定なのか、彼氏はいるか、といったようなものだったのだ!本当にナンパだった...。

あきらかに、その子達は私が高校を卒業したばっかりの女の子と思っていたようだ。

いくら、日本人が若く見えるとはいえ、マジ?私、もうすぐ30だよ!

確かに、バーに行くとIDを見せなくてはならなかったけど、でも、ええっそんなに?

その後、大学に行くようになってからも、大学構内に娘を連れて歩いていると、“お?妹さん?かわいいねえ!”とかよく言われるたものだ。

なぜか?私が今思うに、日本人は、もといアジア人は若く見えるのは確かかもしれないが、私のInsecurityによるあまりの全然堂々としてない様子、自信のなさが、若い子特有のナイーブさと捉えられてしまったのではなかろうか。

ともかく、その男の子であるが、私の年齢とか、子持ちであることにびびったのかどうか、彼から私に直接話しかけてくるようなことは、その後一切なかったのである。

大学の頃のお話しは次回から書いていきます!

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工場でバイト

アメリカの大学に通いだす直前の夏、私は工場で2ヶ月働いた。
日本にも支社のある掃除用品などのメーカー。時給は10ドル以上だったと思う。
正社員の他に派遣社員や大学生のバイトがたくさんいた。
ここで、私はひとつの発見をする。

私って、もしかして不器用!?

まあ、前からうすうす気づいてはいたけどさ。

その日は、髭剃り用のシェービングクリームのラインに配属された。

そこでは、3種類の作業場があり、1時間ごとにローテーションをすることになっていた。
一つは、箱づくり。平たく積んであるダンボールをひとつずつ機械に入れ、箱を組み立て、
コンベヤベルトで梱包に送る作業。次は、ガス漏れしていないかどうかを水槽にくぐらせてチェックする作業。
最後は、ガス漏れ確認済みの製品をコンベアベルトにのせ、梱包に送る作業。

この最後の製品をベルトにのせるのが私にはMission Impossible だった。
ベルトはもちろんある程度のスピードで動いてる。そこに細長い円筒形の缶をのせていくのだ。
慣れてる人は(というか、私以外の慣れていない人も)両手で2本ずつひょいひょいとリズム良くのせていく。
私は1本ずつそーっと置くのが精一杯。それも亀スピードなので流れていく缶と缶の間隔が非常に広い。
周りの冷たい視線を感じ、2本ずつに挑戦する。手が震える。

あ… た、倒れた。他の缶も将棋倒しになっていく…!

リーダーがアラームのボタンを押し、ジャムを防ぐためにコンベヤベルトを止めた。
ブザーが響き渡り、全作業がストップ。みんなの視線が痛い。

よし、次はやってやる、と、涙がちょちょぎれそうなのをこらえ倒れた缶を手伝ってもらいながら起こし、
リベンジを誓う。

…あれ?また倒した。す、すみません。よし次こそ!

が、その“次”は永遠に訪れなかった。

他の製品の作業場へ行くようにと、リーダーさんにそれはとても丁寧にお願いされたのだった。

30才目前、悔し涙の夏だった。

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いざ、大学へ ~はじめの一歩~

シングルマザーになった私。大学に行くと決めたはいいけど、さて、どうするか…。
知り合いに聞きまわり辿り着いたのが、近所のテクニカルカレッジでESL
(English as Second Language)の担当者のトムだった。
専門学校に準ずる2年制のカレッジで英語を勉強することから始めるのがいいのかな、
と思い予約して面接に。

日本で少し働いたことのある、サンタクロースみたいなルックスのトムは、
その外見どおりとてもフレンドリー。
数学と英語のテストを受けたあとに、4年生の大学への進学をすすめられた。
ええっ、本当ですか?
アメリカに来てからいろんな所で英語が通じず、すっかり臆病になっていた私は、
ちょっと舞い上がり椅子から落っこちそうになった

そんな私は舞い上がったまま、これまた近所の州立大学に連絡、話を聞きに行くことに。

通常アメリカの大学へ入学するにはSAT かACT を受けることが必要になるけど、
私はAdult Studentとして通うことになるのでそういったテストは必要ないということだった
(入学前に英語と数学のレベルをチェックするテストは必要だったけど)。ほっ。

日本で通っていた短大からTranscript(成績証明書)を取り寄せ、
単位をトランスファーするなどのステップを踏んだののち、入学許可をゲット!
花の女子学生(何それ? しかも、こぶつき)の4年間へと一歩を踏み出したのでした。

*ちなみに私はグリーンカード保持者です。
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はじめまして。

あれは、さかのぼること16年とちょっと前。1996年にアメリカ人の旦那と離婚。1人娘を引き取ることにしたはいいけど、収入がない!誰も雇ってくれない!

その当時、30を目前に控えていた私は一代決心をする。よっしゃ、大学に行っちゃる!と。
今ここで4年間貧乏学生生活をすれば、将来稼げるようになるかもしれん、と。

バブルの時代に東京は都心の短大を出て、OLしたりしてた私には留学とかキャリア志向とかは無縁だった20代。そんな私がアメリカで大学!?英語も人とちょっと会話するくらいしかできないのに。学費はどうすんの?第一、入れるの?

ビビりな私は思いっきりパニック障害になったりしながらも、行動を起こしたのでした。
そんな私の体験、日常生活をつづるブログ。みなさんに届くといいな。
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