英語で夢を

先日、友人に前夜に見た夢の話をしていた。
その夢の内容は忘れてしまったのだが、
英語で誰かとしゃべっている夢だった。
その時に、友人に“へえ、夢も英語で見るんだ”と言われ、はたと思った。
そういえば、そうか。

私の元旦那は日本に駐留していた元軍人だった。
日本で5年程付き合った後結婚し、
基地内で暮らしていたので、アメリカに来た際は日常会話はなんとかなっていた。
まあ、発音も文法も滅茶苦茶だったと思うが、とりあえず通じる程度。

そんな私が大学に通い出して、読み書き、リスニング、スピーチ等、
英語と向き合う日々が始まった。
伝わればいいや、というスタンスだった私は180度転換。

一番苦手だったのが、何といってもスピーチ
答えがわかっていても、英語を間違ったらどうしよう、
と心配する日本人の性で(私だけかな)、
しばらくはクラス中もほとんど手を挙げなかったし、
指されるのも異常に恐れていたので
なるべく気配を消していた。

実際のところは、正く答えることよりも、
ディスカッションに参加することに意義がある、
というようなアメリカの授業では、
私が変な英語を喋っても誰も気にしなかったんだと思う。
自意識過剰はつらいよ。

話すのが苦痛でも、ビジネスを専攻したので、スピーチのクラスはあったし、
グループプロジェクトをクラスの前で発表するクラスも多かった。
それこそ、Sink or swimの世界。必死で犬かき状態。
まあ、拒否してたら、単位はもらえない。

読み書きも毎日、毎日、本当に毎日やらざるを得ない。
なんたって、宿題だからね…。
なんだっけこういうの?
ローマは一日にして成らず?
千里の道も一里から?


ペーパー一枚書くのにも、辞書を引き引き、Tutor(大学生の家庭教師、
大学で無料でそのサービスを利用できる)に頼る毎日。
でも、そんなことを4年間続けていれば、成果は出る
これ、ホント。

昔は言いたいことを日本語で考え、頭の中で変換して英語にしていたけど、
いつの頃からか、日本語で話すときは日本語で考え、
英語で話すときは英語で考えるようになった。

オトナになっても人間は成長できるのね。

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