お葬式にて

昨日の続きです。


彼女のお葬式へ出席するために

通夜の行われた葬儀場へまた向い

駐車場でスタッフの支持に従い、車の列に加わるように

駐車し、車の屋根にFuneral(葬式)という旗を立てた。

彼女のお葬式(とその時は思っていた)は朝の10:30に始まり

近くにあるカソリック教会に所属する

グリーフ・カウンセラーが挨拶をし、賛美歌を歌い

あっという間に終わったので

彼女は教会に通っていなかったので、これだけなのかしら

と思っていたら

お葬式というか、お葬式のミサは

その教会へ場所を移して行われるということだった。



教会へは、2ブロックの距離だったのだが

彼女の棺を霊柩車に移したあと

その霊柩車の後を一列になった車で続いた。

多分、30台以上はあったと思う。

アメリカでは、Funeral Procession(葬列)といい

列を崩さずに移動するのが慣例になっていて

先頭車または霊柩車が交差点を渡った際に

信号が緑で、後続車が渡る際に赤になってしまったとしても

列を途切れさせないために信号を無視しても良いことになっている。

日本でもそうだったかしら。



教会へ到着後、棺を教会の礼拝堂へ運び込んだ後

棺を牧師をはじめ、参列者で囲み

牧師が聖水を棺へかけた後、親族が白い布をかけた。

そこで、それまでは我慢していたのだろう

エイミーの父親が顔をぐちゃぐちゃにして泣き崩れた。

親にとって、子供が自分より先に逝ってしまうことは

最大の不幸だと思う。

この悲しい光景に胸がつまる。



その後、ミサが始まった。

牧師のお話の合間に、家族のスピーチ等も入り

参列者は、ソロの歌手とコーラスとピアニストと共に賛美歌を歌う。

最後に、コミュニオン(ワインとウェハース.の聖体拝領)が行われ

そして、牧師がお香の煙を撒き、最後の賛美歌を歌った後

牧師が棺を3回たたき(3回釘を打つことの慣例)、終了した。

この棺をたたく際に、家族が呼ばれ棺の側へ寄ったのだが

エイミーの元のご主人に抱かれた二人の息子達が

遠目でもわかるほど、お父さんにぎゅっとかじりつき

涙を流していて、教会中に嗚咽が響き渡った。

それまで、ずっと無表情だった彼ら。

もう、かわいそうで、かわいそうでたまらなかった。



ミサの後は、また車で列をなし、墓地へ埋葬に向った。

この墓地は教会からかなり離れていて

シカゴ郊外の交通量の多いところを通ったので

何回も信号を無視。

先に書いたように、列も長かったので

途切れないようにするのが大変。

実際、一度途切れてしまったし

ひっきりなしに、割り込んだり、列の間を抜けて

車線変更したりする失礼な人が結構いて

墓地に着いたときには、みんなほーっとため息をついたと思う。



墓地では、埋葬するための穴の上に棺が置かれ

そこで最後のお別れをしたのだが

牧師がお話をしている最中に

それまで、ずっと曇り空でどんよりしていたのに

急に雲の間から太陽が顔をのぞかせ光が射した。

私達は、思わず感動して顔を見合わせ

彼女が天国へ行くサインだね、と言い合った。

この儀式が終わると、エイミーの父親が

さあ、では、エイミーの人生の祝福をしましょう!

と声をかけ、遅めのランチをとるために

近くのイタリアン・レストランへと向った。



レストランへは40名ほど集まったと思う。

そこでは、みんなの固い表情も少しほどけ

エイミーの息子達も、私の息子や他の子供たちとふざけまわり

笑顔を見せていた。

まだ、小さい彼らがこれから母親の愛情を受けられないのが

不憫で仕方がない。

これから母親の不在を実感した時に

悲しみと向き合わなければならないだろう。

彼らがお互い助け合って、そして素敵な母の思い出を心に抱いて

すくすく成長しますように。

神様お願いします。


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